2010年の会社更生法の適用から、わずか2年。営業利益約2,000億円と驚くべきスピードで業績回復を果たしている日本航空(以下JAL)。
現在、3万5千人のJALグループのフライトを支えるスタッフに新生JALの価値を認識してもらい、サービス向上に生かすインナーブランディングが進んでいる。
同施策の推進、実行を担当した顧客マーケティング本部の皆さまに話を聞いた。
―今回のプロジェクトは、3万5千人を超えるスタッフすべてに「新生JALブランド」の浸透を図る大規 模なものです。インナーブランディングの背景や課題についてお聞かせください。
副島:JALは、2010年1月19日に経営破綻し、多くの皆さまに、多大なるご迷惑をおかけしました。 事業を存続させていただく中で、もう一度、提供価値を見直すべく、ブランドの再構築を図る必要があったのです。
2010年の春には「ブランド構築プロジェクト」が立ち上がり、新たなロゴやコミュニケーションスローガンの策定などを行うことが決まりました。そこで、特に重視していたのが、JALが提供する価値であるブランドを社内に浸透していくことです。社内では企業経営の根幹をなす“JALフィロソフィ”という概念の浸透施策が進んでいましたが、それに紐づけて、「どんな価値をお客さまに届けるのか」を会社全体で共有していく必要がありました。
インナーブランディングという取り組みは、私たちにとって初めての経験でしたので、より優れたプランを求めて、パートナー企業を探すことに決めたのです。
―プランの選定にあたって、どのようなポイントを重視されていたのでしょうか。
副島:JALには、客室・運航・旅客・営業・整備・貨物など、さまざまな職種のスタッフがいます。それぞれの部署は、文化も違えば、考え方も違う。
さらに、経営破綻という出来事で気持ちも落ち込んでいる状況でした。そんな状況下で、「また本社が何か始めた」という“やらされ感”を持たれては、施策そのものの意味がなくなってしまいます。それぞれの部署が主体的に参加でき、響いてくれるようなプランを探していました。
―リンクアンドモチベーション(以下LM)のプランを採用した決め手は何でしたか。
副島:プランの実効性です。もともと、セミナーを一度だけ実施し、フォローアップしていく短期間の 施策を各社にご提案いただいたのですが、LMの提案は全く趣が違うものでした。短期間でブランドを浸透させることはできない。
長期にわたる取り組みが必要であると。その提案内容は、各部署の代表者でプロジェクトチームを発足し、JALブランドを伝えるためのツールとセミナーを一緒につくっていくプロセスを踏むものでした。
ブランドを浸透させるためのツールとセミナーを効果的に組み合わせることで、全スタッフに広げていこうという意図がありました。
単純に面白いということもありましたが、一つひとつの要素をロジカルに、熱意を持って説明していただけたことも、採用のポイントになりました。
セミナーで使うムービーとテキスト(ブランドブック)を作成していただきましたが、どちらもスタッフを動機づける重要な役割を果たしてくれたと思います。
―今回の「JALブランドセミナー」は、LMが作成したセミナーのプロトタイプを基に、各部署の代表者によって組織されたプロジェクトチームの意見を集約してプログラムを作成したと伺いました。印象に残った点をお聞かせください。
副島:セミナーをつくっていく過程で面白かったのは、いきなり内容をどうするのかから議論するの ではなく、どういう課題があって、それを参加者に考えてもらうにはどうしたらいいかという目的に立脚した議論を進めていけたことです。
私たちだけでなく、各部署の代表者が当事者として、セミナーをつくっていくプロセスを踏んだことで、メンバーがブランドについて考えるよい機会となり勉強になりました。
自分たちでこうしたプロセスを踏もうとしても、声の大きい人の意見に流されたり、異なる意見の間をとるという決定をしがちですが、議論の取りまとめをLMがしてくれたことで、最終的によいものが完成したと思います。
大羽:私が感動したのは、それぞれの現場の苦労や背景を理解したうえで進めていただけたことです。実際にどのような仕事を行っているかを踏まえる必要があると、整備場や空港、訓練施設まで足を運び、インタビューをしてくれたのです。私たちの仕事を理解してくれたうえで、プロの視点からプロジェクトをファシリテートしてくれました。
安田:ムービーの制作についても、短納期の作業が続いていましたが、いいものを作っていこうという熱意を感じました。外部のパートナー企業にもかかわらず、私たちの“JALフィロソフィ”の一つである「成功するまであきらめない」を体現してくださった気がします。
副島:そうした姿勢もあって、最初は「JALブランドセミナー」の実施に不安だったプロジェクトメン バーも、その大切さに気づき、「これは絶対にやったほうがよい」と前向きになっていきました。
各本部での浸透も格段に進めやすくなったと思います。また、当初は、ここでつくったプログラムを部署ごとにカスタマイズして実施する予定でしたが、最終的に大きなアレンジを加えることはありませんでした。
すべてのスタッフに対して響く、完成度の高い内容にすることができたと満足しています。現在、JALは「明日の空へ、日本の翼」というスローガンを掲げていますが、これは、スタッフの意見を 聞きながら会社が決定したものです。
今回のプロジェクトも、決めたことを一方的に押し付けるのではなく、各部署と一緒に取り組むことが重要でした。やらされているだけの取り組みは、モチベーションを下げる結果しか招きませんから。
―プログラムを決めていくうえで、注意したことは何ですか。
大羽:今回の「JALブランドセミナー」は、スタッフ全員に、“お客さまにどのような価値を提供してい くべきか”を知ってもらうこと、そして、それを基に再出発を図ることが目的でした。
JALブランドとして掲げられた「伝統・革新・日本のこころ」を、どのように伝えれば、わかってもらえるかは苦心したところです。
例えば、日本のこころって何だろう、という部分では、茶道を例に挙げて、おもてなしについて見つめ直してもらったのですが、そのシナリオについても何度も見直し、より“腹落ち”する方法論を模索していきました。
安田:JALで働くことに対する誇りを取り戻すことも大きな目的でした。
現在の部署に配属される以前は、客室乗務員として第一線で働いていたのですが、経営破綻した時には、機内でもそのニュースが大々的に報道されていましたし、お客さまに経営破綻の記事が掲載された新聞を配らなくてはなりませんでした。
その際に、厳しいご意見をいただくことも多く、自分が働く会社に誇りを持てなくなり、心が疲弊していった経験があります。
ですから、このセミナーをきっかけに、スタッフ一人ひとりがJALで働いていてよかったという気持ちを取り戻してほしかったのです。会社や自分の仕事に誇りを持てなければ、お客さまにもよいサービス は提供できませんから。
副島:「創業当時の精神に立ち返り、これまで培った『おもてなしのこころ』を守りつつ、未知の領域 に足を踏み出して果敢に挑戦していく」。
この鶴丸の新ロゴに込められた想いをはじめ、理念、JALらしさを語れない会社だったら、また同じ過ちを繰り返してしまう恐れもあります。「想い」を一つにできるプログラムにしたい。それがすべてだったのではないでしょうか。
―「JALブランドセミナー」で印象に残った場面を教えてください。
安田:ワークのディスカッション部分ですね。
ある回のセミナーでは、私たちが掲げたこれから大切にすべきことに対して、「そんなことは必要ないよ」と常にネガティブな意見ばかり言うスタッフがいたのですが、入社して間もないような若手スタッフが「それでは破綻する前と一緒じゃないですか!」と反論しました。
これをきっかけに、議論が活性化した場面が印象に残っています。一人ひとりが危機意識を持って、意見を交わしていく……。その真剣な表情に、「私たちは変われる」と実感できました。
大羽:セミナーの最後に、ムービーを上映するのですが、参加者の多くが涙していました。
「だからJALはダメなんだ」「JALなんかいらない」という実際にいただいた批判の声を知り、お客さまからいただいた感謝の声に初心に立ち返る。スタッフの想いを一つにできる場になったと感じています。
また、セミナーで紹介された「他人と過去は変えられない。変えられるのは自分と未来」というフレーズは、多くのスタッフの心に刻まれたようです。
セミナー後に、話し合いの機会を持つなど、未来を変えるためのアクションやコミュニティーが生まれていたことが印象的でした。私自身もパワーをもらえる貴重な経験になりました。
安田:そうですね。セミナーが終わっても帰らずにいて、話しかけてくる人も多いんです。ある部門の 女性は、「働く意味を見失っていたが、これをきっかけに明日からの生き方が見えてきた」と号泣し て……。私も同じような想いだったので、思わずもらい泣きしてしまいました。
―最後に、ここまでの「JALブランドセミナー」を総括していただけますか。
安田:とある部門の打ち合わせを見かけたのですが、「困ったら原点である『伝統・革新・日本のここ ろ』に立ち返ればいい」という発言が聞こえてきました。
JALの「軸」となる考え方を浸透する重要なプロジェクトになっていると実感することができました。
大羽:アンケート結果などを見ても、参加者が一番、印象に残ったのは、これからのJALをどうする か、という革新の要素でした。
私自身、この革新という部分は、現在のJALに最も不足している要素だと考えていましたので、スタッフが強く関心を示してくれたことを嬉しく思いました。
今後は、このような機会を継続するとともに、具体的なアクションへと導く施策が必要だと感じています。
副島:セミナーをつくっていくプロセスやその効果など、多くの発見をくれた機会になりました。
また、2011年9月からセミナーを開始し、1年で約8,000人のスタッフが参加していますが、その反応 を見ていると、インナーブランディングの重要性を強く実感することができます。
こうした効果をしっかりと継続させるために、社内報で取り上げるなど、さまざまな方法で継続して浸透させていきたいと考えています。
大羽:楽しくも厳しい、濃密な時間でしたね。今もセミナーは実施しており、内容もどんどんブラッシュアップしていっています。
そういう意味では、LMによい原石となるプランをもらえたと思っています。
3万5千人のスタッフがすべて同じベクトルを向けば、もっとすごい会社になれる。私はそう信じています。事業を存続させていただいた感謝の気持ちを忘れずに、より強いJALを目指して、邁進していきたいと考えています。