戦略人事とは?メリットや必要なスキルは?導入事例も紹介
人事に求められる役割は、昨今の急激な環境変化に伴い大きく変わりつつあります。これからの人事のキーポイントとなる「戦略人事」が生まれた背景と、考え方を解説していきます。
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戦略人事とは
戦略人事とは、「戦略的人的資源管理」を指します。企業を取り巻く環境の変化から、戦略人事が重要視されるようになった背景を読み解きます。
■労働市場で勝ち抜ける「人事」の重要性が高まっている
企業は大きく分けて三つの市場での活動を求められます。三つの市場とは、商品市場、資本市場、労働市場のことです。
商品市場は顧客に自社商品を選んでもらう場、資本市場は株主・投資家・金融機関から自社を選んでもらう場、労働市場は従業員、応募者から自社を選んでもらう場です。
今、この商品市場において大きな構造的変化が起きています。現在日本の産業全体を見渡すと、その半分以上を第三次産業、すなわちサービス系の産業が占めています。 かつては第一次産業(農林水産業)、次いで第二次産業(製造業)が引っ張ってきた日本を、今は第三次産業が牽引しています。
ここで起きているのが、商品のハードからソフトへの変化です。ハード(モノ)を提供するときには設備が最も大事になります。その設備を整えるためにはお金が必要。
つまり、資金を調達できるかどうかが、企業にとっての生命線になっていました。ところが、ソフトを商品とする場合には設備は要りません。
例えば、ITサービスにしても、ゲームソフトにしても、パソコンさえあれば創り出すことが可能です。設備ではなく、魅力的なソフトの創り手(人材)が企業の命運を握っているのです。
つまり、商品市場のソフト化によって、企業にとって労働市場で勝ち抜くことの重要性が高まっているのです。
その結果として、現在は労働市場で勝ち抜くことのできる「人事」が企業に求められていると言えるでしょう。
■「オペレーション人事」から「戦略人事」へ
上記の変化と同時に、労働市場で勝ち抜くための「人事」に求められる役割も変わってきています。
これまでの人事は、新卒一括採用、終身雇用、年功序列のようなある程度決まった仕組みをどれだけちゃんと徹底して回すことができるかが重要でした。いわゆるこれが「オペレーション人事」です。
しかし、近年採用手法が多様化(インターンシップ、リファラル採用など)、また人事制度が複雑化(女性活躍推進、在宅勤務など)する中で、オペレーションを回すだけでは良い組織をつくることができなくなってきています。
大事なことは、個社ごとの状況に合わせた人事戦略を持つことであり、人事は「戦略人事」になることが求められています。
オペレーション人事から戦略人事になることの3つのメリット
■事業特性を踏まえた戦略的な組織運営が可能になる
オペレーション人事は、経営と現場を分断して考えますが、個社ごとに状況が異なるため、効果的な組織施策を打つことはできません。人事は事業戦略を現場に落とし込むための組織戦略を描く、戦略人事として活動することが必要になっています。
事業と組織をリンクさせるためのフレームワークとして、「事業特性による組織モデル分類」が挙げられます。
このフレームワークでは、横軸に価値提供のあり方(ビジネスモデル)、縦軸に事業展開のあり方(事業戦略)をとっています。
右下はプロフェッショナル型組織、例えばコンサルティングファーム、弁護士事務所などが挙げられます。個人のスキルが重要視されます。
左下はオペレーター型組織、例えばインフラ業界などが挙げられます。既存の仕組みをしっかり回していくことが重要視されます。
上はイノベーター型組織、例えば変化の早いITベンチャー企業などが挙げられます。事業革新につながるイノベーションを数多く生み出すことが重要視されます。
このように、戦略人事には事業にあわせて組織戦略のポイントを決めていくことが求められます。
■顕在課題への対応だけではなく潜在課題の解決に動ける
オペレーション人事は、問題が起きてから対応するため、コストがかさみます。
また、その時々のバズワード(コンピテンシー、成果報酬型など)に振り回され、大局観をもって組織づくりをすることができません。戦略人事として活動するためには、組織の未来を予測し、活動することが重要です。
未来と組織をリンクさせるためのフレームワークとしては、「組織ステージごとのモチベーション症例」が活用できます。
組織にはステージごとに決まった問題(組織症例)が起きます。スタートアップや新規事業が始まり、拡大していくと拡大モードの症例、そして多角化していくと多角モードの症例が、最後に市場が成熟したときには再生モードの症例が起きることになります。
問題が顕在化する前に対応し、潜在的な課題へアプローチすることで事業拡大・組織拡大のスピードを緩めずに成長を実現できることが戦略人事を導入するメリットと言えます。
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■属人的な経験や勘ではなくデータに基づいた判断ができる
オペレーション人事は自分の経験や勘で組織づくりを行います。経験や勘も大事ですが、それらを習得するためには長い期間の経験が必要なため、すぐにという訳にはいきません。また、新しいことをやるにあたってこれまでの経験がノイズになってしまうこともあります。
自分の経験や勘での組織づくりから脱却するために必要なものは「モノサシ」です。受験では偏差値、ダイエットでは体重といったモノサシを使わない人はいないように、戦略的な組織づくりには「モノサシ」が必要です。
一例としては、組織づくりにおけるモノサシとして近年注目されている「エンプロイーエンゲージメント(企業と従業員の相互理解・相思相愛度合い)」が挙げられます。
エンプロイーエンゲージメントは、会社への愛着や仕事への情熱の度合いを表すとされ、エンゲージメントが高いことで、生産性の向上、退職率の抑制、戦略実行度の向上、顧客満足度の向上が見込まれるとされています。
エンゲージメントの高低は「4つのP」によって左右されます。
人事はこの4つのPがエンゲージメントに影響を及ぼすことを理解した上で、投下可能なコストを鑑みながらどこに注力するのか、しないのかを戦略として考える必要があるでしょう。
戦略人事に必要なスキル
■環境変化への対応力
前述の通り、組織戦略は事業戦略と連動しています。人事施策だけを独立して行うのではなく、事業を取り巻く環境変化を捉え、必要に応じて組織に還元していくことが重要とな
ります。
■データを読み解き活用する力
経営学で注目を集めている考え方に「エビデンスベースドマネジメント」があります。医学の「エビデンスベースドメディスン」に由来しており、医師の意思決定の根拠にはデータで記されたバックボーンが必要だという意味です。
医学の世界では、エキスパートの経験からくるジャッジよりも、世界規模の臨床実験で得られたデータや、そこから導き出された結論が重要になっています。
一方で、人事領域では経験則からくる判断が多くなされています。無意識に陥っているバイアスをデータを用いることで相対化することができます。
長期的に取り組みたいアプローチ
戦略人事を実現するためにはどのようなアプローチが必要でしょうか。日本株式会社 人事戦略委員会では下記の提言がなされています。
■最適な経営体制の構築
優れた海外企業には、経営レイヤーに「人」を戦略的に扱うCHROが当然のようにいるが、日本組織にはいない。(早稲田大学大学院 経営管理研究科 准教授 入山章栄氏)
■適切な経営指標の設定
データがないと、勘と経験のセンスが無い経営者になった途端に会社がボロボロになってしまう。データを基に論理的に経営すべきだ。(慶應義塾大学大学院 経営管理研究科 特任教授 岩本 隆氏)
誰がどんなパフォーマンスを上げているのか、指標に落とすことが重要だ。
(PERSOL INNOVATION FUND合同会社 代表パートナー 加藤 丈幸氏)
■最新技術の活用
テクノロジーの活用によって、もたらされる効果は二つある。一つはコストを下げられることで、もう一つは売上を上げること。組織力を高めることで、生産性が高まるというのは私達の研究でも明らかになっている。(慶應義塾大学大学院 経営管理研究科 特任教授 岩本 隆氏)
海外では2010年前後ぐらいから、人事情報をただ見るのではなく、タレントマネジメントシステムを入れ、さらにその先のピープルマネジメントシステムへ進もうとしているが、日本ではタレントマネジメントすら未導入という企業が多い。(PERSOL INNOVATION FUND合同会社 代表パートナー 加藤 丈幸氏)
日本企業の導入事例
戦略人事の導入事例として下記の2社をご紹介します。
■株式会社サイバーエージェント
サイバーエージェントの組織づくりにおけるキーワードは、企業⽂化が組織にあるのかどうかです。例えば、チームプレイを重視していることを「チーム・サイバーエージェント」という⾔葉で表現しています。
また「セカンドチャンス」というキーワードも⼤事にしていて、チャレンジして失敗したすべての⼈に、再度チャンスをあげようという考え⽅を持っています。クレドやバリューと呼ばれるものかもしれませんが、サイバーエージェントでは、ミッションステートメントと呼んでいるものです。
価値観が⾔語化されているか、そしてそれが実⾏されているかということを⼤切にしています。
事業ポートフォリオを変え単一事業だけに頼らない経営をしている点も特徴です。
その中でも、2006 年に開始したあした会議(経営幹部全員で、サイバーエージェントのあしたにつながる新規事業と中⻑期の課題解決案を考える会議)と 2008 年の CA8(独自の取締役交代制度。2年毎に原則2名の取締役を入れ替える)という人事制度を始めています。
これらの人事制度が会社の成⻑を加速させたとサイバーエージェント取締役 曽山氏も振り返っています。
参照:リンクアンドモチベーション「CHROー最高人事責任者が求められる時代」サイバーエージェント 取締役 人事管轄 曽山哲人氏×リンクアンドモチベーション 取締役 麻野耕司
■ネスレ日本株式会社
ネスレ日本では、「働き方改革」ではなく「経営改革」を掲げています。採用・企業年金・賃金体系・労働組合などの分野で大胆な改革を行い、7年間で売上は27%増、利益は78%増を実現しました。
その根底にあるのは 「人事の仕事もマーケティングである」という考え方です。マーケティングは「顧客の問題を発見し、解決すること」であるため、間接部門であっても極めて重要な要素となります。
マーケティングを顧客の問題発見だと定義すると、問題の解決能力よりも発見能力の方が肝要になります。顧客自身も気付いていない問題を解決することがイノベーションにつながります。
このように、オペレーション人事の領域に留まらず、「経営から改革する」「顧客の問題発見である」という強いメッセージを届け、意識を変革することが戦略人事を有効に機能させるためのキーポイントとなります。
参照:リンクアンドモチベーション「目指すべきは「働き方改革」ではなく「経営改革」~ネスレ日本のマネジメント・イノベーション」
戦略人事に関するセミナーレポート
過去には戦略人事に関係する下記のセミナーが行われています。セミナーレポートをご紹介しますので、ご参照ください。
■日本の生き残りをかけた、働き方改革第2章がはじまる。 経済産業省 産業人材政策室 参事官 伊藤禎則 氏
■日立製作所×テンプホールディングス「大手企業の人事に潜む問題とテクノロジーでの解決策」
戦略人事に関する書籍
戦略人事に関する代表的な書籍として以下が挙げられます。
■八木洋介、金井壽宏『戦略人事のビジョン~制度で縛るな、ストーリーを語れ~』 (光文社新書)
■リード・デシュラー、グレイグ・スミス、アリソン・フォン・フェルト『最強の戦略人事: 経営にとっての最高のCAO/HRBPになる』 (東洋経済新報社)
■小笹芳央『モチベーション・ドリブン 働き方改革で組織が壊れる前に』 (KADOKAWA)
記事まとめ
戦略人事の影響範囲は多岐にわたります。一朝一夕に実現できることばかりではありませんが、うまく機能すれば組織全体を強くすることができます。まずは取り組めることからでも着手していきましょう。
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